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2010年05月09日

奈良時代にも不倫?藤原仲麻呂はモテ男さん?

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探偵は、とっても気になります。

病弱な聖武天皇が大仏造営に力を注いでいる間に

なぜ、光明皇后が仲麻呂に異常に肩入れしたのか?

仲麻呂は、なぜ急に昇進したのか?

藤原家の繁栄のため?

それにしては、ダークホースだった仲麻呂の昇進はめまぐるしい。

実際には二人の仲を証明する文献は残っていませんが、探偵阪井の感で言うと二人の間には、恋愛感情があったのではないかと考えます。

5歳しか違わない甥とおばの関係だから可能性は否定できない
(この時代は近親婚や近親恋愛はあたりまえ)

その理由が

孝謙天皇が即位するや朝廷の組織内に紫微中台という組織が出来る。
(孝謙天皇の両親は聖武天皇と光明皇后)

そのトップが仲麻呂である。

ここでポイント紫微中台とは?

孝謙天皇を補佐するために光明皇太后がつくった組織。

皇太后のもと専制的な機構を新たに組織したかった。

仲麻呂は太政官の議政官であったが位は参議だったのにいきなり中納言にならずに大納言に

想像の域をこえないが、光明皇太后と藤原仲麻呂は、男女関係にあったと探偵阪井は感じる。

すると、仲麻呂の昇進は理解できる(^^)v

なぜなら、光明皇太后没後は仲麻呂は貴族からの支持を得られずに自滅していくから。

あくまでも、光明皇太后が仲麻呂という男に肩入れしていたのではないだろうか?

大仏開眼供養が東大寺で行われた時、光明皇太后と孝謙天皇も当然参列した。

式典後、ふたりが向ったのが仲麻呂の邸宅。

このことについて、京都大学の岸俊夫教授は、

「35歳の独身の女帝が、ときに47歳の仲麻呂の私邸に幸したことについて、二人の間に何か特殊な関係があったようにも推測されているが、所詮たしかめようはない」

と意味深・・・・

いずれにしても藤原仲麻呂はモテ男さんだったと探偵阪井は考えます(^^)v

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posted by 探偵しのぶ at 03:26 | Comment(4) | TrackBack(0) | 平城遷都 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
私お恥ずかしながら、あまり歴史に詳しくないんですが・・・色恋沙汰は現代社会よりも激しく、重大出来事(?)今は昔と比べて多少クールダウン??
Posted by マキロン at 2010年05月09日 23:39
こんにちは

光源氏とかはそれ専門ですもんね。

今も昔も恋愛ネタが一番うけてたのかなと思います。

ではまた!!
Posted by SON at 2010年05月10日 23:32
現代のような道徳感はなかったので、かなりフリーな恋愛ですよねこの時代(^^ゞ
Posted by 探偵しのぶ at 2010年05月11日 01:43
光源氏はモテ男の代名詞のような人。
というよりも子どもぽい人かな(^^ゞ

源氏が愛した女性は、ほとんど精神的に自立している女性が多いですよね。

モデルとなった藤原道長もかなりの風流人でモテ男さんだったようですね。
Posted by 探偵しのぶ at 2010年05月11日 01:48
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